
初めて人に会った時「年齢はいくつですか?」と質問するのはよくあることです。
問題は年齢を聞いたことでその人に対する「フィルター」がかかってしまうこと。
「若いのにしっかりしているね」「年齢より若く見えますね」などなど。
年齢というのはただの言い訳
自分ももういい年齢になりました。
世間から見たら、立派な立派なおじさんの歳です。
僕の同級生には年齢を言い訳にしている友人がたくさんいて(というよりほとんど)
「もうおじさんだから、若い人についていけないんだよね」
「おじさん体力ないからしょうがないや」
「いい歳になって、自分はもう完成してる人間だ」
これらに何の根拠があるのでしょうか。
80歳でもエベレストに登る人や、ノーベル賞をもらっている人もいます。
つまりはいろいろなことがめんどくさくなってしまった自分を「年齢」という言い訳でごまかしているだけなんですね。
年齢が生み出す勝手な上下関係

また、年齢は勝手な上下関係を生み出します。
年齢が上だから偉い。
若いから年配者の言うことを聞け。
こんなこと、あなたの周りでよく起こっていませんか?
体育会系という考え方は僕は嫌いではないのですが、年齢や学年が上だからという理由だけで威張っている先輩、いたでしょう。
ただ年上なだけで実力、または人間力のない、そんな先輩を尊敬などできなかったはずです。
お笑い芸人でも売れてもいないのに先輩だからというだけで威張っている人、いますよね。
なぜその人が売れないか。
年齢だけで威張っている芸人は、人間としての魅力がないから人を笑わせることなどできないからです。
年齢と尊敬は違うもの
僕は年齢が上だからといってその人を尊敬したりはしません。
その人がどう生きているかを見ています。
逆も然り。
若いからといって下に見たりはしません。
その人がどう生きているか、だと思っています。
もちろん年齢による経験の差はあると思いますが、大事なのは経験値ではなく生き様です。
年齢による経験値不足で、その人の生き様まで否定してしまうのが人間のとても悪い習慣。
ミュージシャンになりたいといっている若者に「そんな夢みたいなことを言って!」
と説教したあなた。
あなたはミュージシャンに本気でなろうとして、そして本気で挫折した経験をお持ちですか?
その生き様を経験していない人間が、想像で人の人生を否定するのはお門違いです。
人間は20代まででおしまい??
年齢って20代までが若くていいねと言われて、それ以降は劣化の部類として扱われてしまいます。
特に女性なんて30過ぎたらオバサン??
もしそうだとすると、寿命が100年と言われる時代、人生の70%は「終わった時間」として過ごしてしまうことになります。
ああ実にもったいない!
30代でも40代でも、オバサンには見えない素敵な女性は世の中にたくさんいらっしゃいますよね。
これって見た目の問題ではありません。気持ちの問題です。
年齢という言い訳が外観まで劣化させてしまうから。
若い人に囲まれている人は、いつまでたっても若々しいと言われます。
これは正確には、若い人を妬まずに対等に付き合っている人が若くいられる秘訣です。
若作りをすると「悪あがき」と呼ばれ、今時の言葉を使うと「若者に迎合」と言われ、実に過ごしにくい世の中です。
そんなレッテルを自分からわざわざ他の人につけてしまうのはもったいない。
年齢を知らないことのメリット

僕は初対面の相手に年齢を聞きません。
年齢を知ってしまうことで相手に対してフィルターがかかってしまうからです。
年齢によってやっていることを見るのではなく、今のその人本人をちゃんと見たいから。
仮に20代と知ってしまった相手でも、すごく仲良くなるまではさん付け。ですますで話す。
これはお互い対等に付き合いたいから。
もし相手が一直線に突っ走る若者だとしても「若気の至り」ではなく、その勇気を認めるべき。
年齢を意識するべき瞬間2つ
僕が自分の年齢を意識するのは「服やカバンなどの持ち物を買う時」「公の場で人に接する時」の2点だけです。
少なくとも大人気ない行動をとりたくはないし、レストランでのマナーで恥はかきたくない。
そして「いい大人が」と言われないように、あまりにもお値段の安い服やカバンは買わないように気をつけます。
これは大人としてのたしなみと考えています。
一度年齢、忘れてみたら?
なので今、もしあなたが年齢を言い訳にしていることに思い当たるのであれば、一旦自分の年齢を忘れてみましょう。
そして、相手の年齢を気にせずに対等に、フラットに付き合ってみたらいかがですか。
きっと今まで見えていなかった本質が必ず見えてくるはずです。